さっき、
核兵器を必要悪とするか徹底否定すべきか分からないと書いた。
分からないことは嫌いなので、
書き終わって思考が止まらなくなっている。
睡眠薬3錠も飲んでるのに、
眠れそうにない。困った。
なぜ、
分からないか大枠では分かっている。
つまり、
分からない理由は分かっている。
理屈に感情が交錯するからだ。
理屈ではカンタンだ。
理屈だけでの正解は断定できる。
隣国が核兵器を保有している限り、
米国が日本の替わりに核兵器を保有してくれているという
信頼に足る場合は、そのまま保有せず、
信頼できなくなったら自国で保有して、
場合によっては発射する覚悟と自制する覚悟を持つ。
これが正解。
実にカンタン。
核兵器はそのダメージが多きすぎて、お互いがすくみあう。
核による平和という。
論理的には核を打ち返してくる可能性がある国に核を打ち込む馬鹿はいない。
が、
ここが問題。
世の中には、馬鹿がいる。
そして、
人間は論理ではなく感情で行動している。
つまり、
核そのものが怖いのではなく核を持った人間が怖いのである。
ちなみに、
こんな予想しても意味はないだろうが、
今後核兵器を実戦に使用する国があるとしたらどの国が最も可能性が
高いだろうか?
これもカンタン。
ダントツ1位でアメリカ。
だって、沢山持っているし、一度使ったことがあるもの。
大義名分さえあれば彼らが一番やりそうだよね。
間違いない。
by 山田テツ at 22:50 |
時事 |
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確かに
北相手ではなく、アメリカ相手に必要だったりして。
持ちたくないけど。
感情論で反対
戦争反対。
ただひたすら弱弱しくあればいい。
それで国がほろびたとしても
戦争はしてはいけない。
終わらないもの、絶対。
誰かが止めなければ終わらない連鎖。
誰かが持つから持つのでは終わらない。
丸裸の人でいればいいのに。
核兵器を持っての平和はありえない。
核兵器が怖いのではなく
それは使う人間が怖いということはその通り。
そういう人も含めてみんな刃物は捨てるべき。
戦争は絶対反対。
戦争は感情によって
現代のほとんどの戦争は、これと同じ感情によって起こっている。
どうぞ殺してくださいという強さを持つ人間は、とても少ないと思う。
弱いから、
猜疑心が芽生え、恐怖が暴力を生む。
せめて、殺し合いにならないように、
できるだけ距離感を保って仲良くしているのがもちろん最善なんだけど。
あんなに、ひ弱な北朝鮮を敵視して、大騒ぎする日本人の心根は、戦争好きに見えるなあ。
残念ながら。
違うものを認めるということ
どうしても理解できないものを受け入れるということも難しい。
それに国は人の集まりなのに
国になるとおかしなことになるのも難しい。
北朝鮮は北朝鮮人の集まりなのに
北朝鮮というときそれは人ではなく国になる。
でもそれは政治ということだけでもないみたい。
アメリカは好きになれないと思う。
でも特定のアメリカ人がきらいなわけではない。
光市の母子殺人事件の裁判のことを聞くたび
この犯人は死刑になって
もう1度いちからやり直すしかない、
そんな気持ちになる。
そういう気持ちも暴力と同じなんでしょうかね。
仏さんではないので
全部を許すことはできない。
殺されるのはいやだけど
その恐怖から相手を殺すようなことはしたくないなぁ。
うーーーん。
難しい・・・
国ではなくて個人として
国としては、分からないけど、
個人としての最善の対処の仕方なんですが、
もしかすると、
「逃げる」というのが一番いいのかなと思いました。
とにかく、
恐怖のもとに近づかない、暴力の現場からは、
一目散に逃げる、
逃げれるだけ逃げる、
卑怯なことではないと思う。
人を傷つけず、人からも傷つけられないよう、
ある時は、いそいそと、
ある時は、何食わぬ顔で、
ある時は、猛然と 逃げる。
僕は弱いから、すぐ吠えかえしちゃうんだ。
ダメダメだね。