初夏

上がったり下がったり

株価のこと。上がったり下がったりしているが、当たり前のことを確認しておくと、長期的には株価は実体経済に応じた価格に収斂していく。そして中期的には上がったものは下がり、下がったものは上がる。短期的にはどうなるか分からない。これは株や為替の基本である。

この考え方に基づいて、日本株の今後を予測すると、株価は大幅に上げる。何故なら、下がりすぎていたから。ちなみに、珍しいことだが今日に限って言えば今日の株価も予測できる。間違いなく大きく上がる。今日の株価が予測できるなんて、めったにない。しかも上がることが分かっているなんてことも珍しいのだが、たまにそういうこともある。

「世界同時株安」なんてタイトルつけて、マスコミや政治家は大いに盛り上がっているようだが、間抜けさ加減にうんざりする。「世界同時テロ」をもじっているのだろうが、別にうまくもない。現在の日本の国民にとってこの状況を分析すると、単純に2つある。1つは株など持っていない人にとってはラッキーな時期。物価は下がる。収入なんて、そう急に変わるものではないから生活はラクになる。株を持っている人は株を塩漬けにして上がる時期を待つだけでいい。生活は変わらない。売らなければいいだけである。ちなみに苦しくなる人たちはいないかというと、いる。輸出産業に従事している人。そしてヒエラルキーが効いてくることによって、輸出産業に従事する下請け、つまり中小企業は苦しくなる。

ちなみに、輸出産業つまり自動車や電化製品、トヨタやソニーだが、これらの企業は長期的には凋落産業なので、徐々に衰退していくしかない。しかし、急に潰れると困るので徐々に、というのが大切。

政府の緊急経済対策で意味があるのは1つだけである。都市銀行が必要と言ってきたら資本注入をし、貸し渋り貸しは剥がしを監視すること。これだけをすればいい。というより、これ以外は全てバラマキである。定額減税なんていうのは全く効果はないので借金を増やすだけの愚策。なぜ、こんなことが分からんのか、それが分からん。

by 山田テツ  at 07:57 |  未分類 |  comment (10)  |  trackback (0)  |  page top ↑

医者は不足しているのか

小児科医の自殺について書きました。それに対して医者であるBroccobirdさんから医者不足の解決が必要だという話しがありました。少々複雑そうなテーマなので、少しずつ考えていきたいと思います。

まずは「医者の数は不足している」かということを大きく捉えてみます。久しぶりに厚生労働省のホームページに行ってみました。昔は医者が足りていないという話しを、それほど聞かなかったと思います。それが、最近は医者不足ということが、頻繁に報道されています。

まずはミクロでなくマクロで見ます。ずばり医者は減っているのかです。
平成2年 21万人 → 平成17年 27万人 130%増 つまり増えています。
人口はこれほど増えていないので、ある意味大幅増です。では何故、増えているのに不足というのでしょうか。

患者数を見ます。
平成2年 131万人 → 平成17年 212万人 160%増 つまり相当増えています。これは患者数であり、患者が病院に行った延べの回数ではありませんが、明らかに、医者数より大幅に増えています。

つまり、医者不足というのは、患者数の伸びに医者数がついていっていないことがマクロ的な問題であることが分かります。まあ、この業界では常識なのかもしれませんが。

もちろん、研修派遣制度の変化による病院による偏りとか、専門化による不足、悪条件の職場環境、訴訟リスクの増大、医学部のハードルの高さなどなど、個別の問題は沢山あります。ありますが、大きく見ると、あくまでも患者の増に医者の増がついていっていないというのが医者不足の根っこの課題です。

では、どうするか。医者を増やすか患者を減らすかです。患者を減らせるでしょうか。僕は現実的な問題として、患者を減らすことは相当難しいと思います。具体的に、減らそうとすれば、どういう方法があるかを考えてみます。現在、医者に行っている人がいかなくなるには、健康な人を増やすか、医療費の自己負担を上げるかの2つです。予防医療はやればいいですが決定打にはなりにくのではないでしょうか。自己負担率を上げるのは現実的な方法です。ただし、実際には貧乏人は医者に掛かれなくなるので結構ハードな選択です。

医者を増やすのは、どうでしょう。1つのデータを見つけました。ここには何かのヒントがあるような気がしています。勘ですが。

薬剤師の数 平成2年 15万人 → 平成17年 24万人 160%増 つまり患者数と全く同じ比率で増えています。驚くほど、薬剤師業界は市場のニーズに合致しています。誰が費用を負担しているのでしょうか。薬剤師の仕事が過酷であるという話しも聞きません。あくまでも産業モデルとしてですが薬剤師業界(そんな業界があるのかどうかは知りませんが)に問題は、なさそうに見えます。

どこが違ったのか、医者不足を解決するヒントはないか。










by 山田テツ  at 23:11 |  未分類 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

小児科医が自殺した裁判について

小児科医がハードの仕事に追われて自殺したことに関して病院側の責任を追及した裁判が報道されていた。基本的には、権力者が被権力者に責められることは、民主主義社会の了解事項であり、そうあることが健全であると思っている。つまり、この場合、権力を有していた病院が非難されるてしかるべきである。つまり、世間というかマスコミから非難されても、それは受け入れなくてはならない。

そうであるのだが、遺族の記者会見を見ていて違和感を感じた。「情熱と愛情と誇り」か何かを持って父は小児科医をしていた。病院のために一生懸命やっていた結果、うつ病になって最後には自殺したのに病院側に責任がないという判決は理解しがたいということを遺族の方が言っていた。

僕も、うつ病になった経験者なので、このような状況が少し分かる。分かるが故に、敢えて、その遺族の考えは間違いであると、そう思う。

とても冷たい言い方をすると、情熱とか愛情とか誇りとかは勝手に本人が持っていただけの幻想である。何か小児科医のような職業だから、そのような立派な大義名分が、ありえるような勘違いをしそうになるが。自分の命を掛けて何らかの職業を全うするというのは分かるが、自殺はそうではない。家族の誰かを病院に人質にでも取られて労働でもしていたのでなければ、常に辞めるという選択肢を本人は持っていたのだ。つまり、本人が選んでうつ病になり、選んで自殺したと言える。

ひどいことを言っているのかもしれないが、そうではない。自分の身は自分しか守ることはできない。そして自分がやっていることなんて、そんなにたいしたことじゃあないという気分を持っていることは、やっぱり、とても大切なのである。

何をやるにしても一生懸命やったほうが、盛り上がるし、充実感もあるけど、それはあくまでもその人の自己満足なのであって、仕事を一生懸命やった挙句に、本当に死ぬ理由なんて、どこを探しても見あたらない。


by 山田テツ  at 19:54 |  未分類 |  comment (5)  |  trackback (0)  |  page top ↑

洗濯日和

20081021132936
午後2時 気温23℃ 湿度40%

稲城の並木も色づき始めてきた。仕事もせずに、のんびりできるのも多分あと僅かだと思われるので、この時期、何をしていたのかを残しておきたい。今日は9時過ぎには午前中の家事が全て終わった。家のことを始めたばかりの8月頃は、10時過ぎまで掛かっていたので、我ながらというか、自分だけしか感慨は持てないが、大幅な進歩である。

7時に起きて、朝食を食べ、息子を保育園に送り、犬の散歩にいき、皿を洗い、洗濯物を干し、ざっと掃除機をかける。ここまでを9時過ぎに完了。

要領を得なかった最初の頃は、1つ1つに時間が掛かっていたが、最近は同じ皿を洗うにしても早くなったし、何より同時にいくつかのことをこなせるようになった。それこそ、最初は洗濯機を洗い始めるボタンを押したら、それができるまで、洗濯機の近くをウロウロしていた。1つ1つ終わらせないと次に進めなかったのだ。今思えば、相当にバカみたいだが、初心者とは、そういうものである。

家事は、好きなものとそうでないものがあることが分かった。一番好きなのは、洗濯。洗濯物を干すこと。今日みたいに天気のいい日は、洗濯ものが湯気を立てて乾いていくような感じがたまらない。嫌いなのは皿洗い。料理をつくるのは、まあまあ好きだが、皿洗いはなぜか嫌いだ。背中が痛いし、洗剤が今ひとつ落ちていないような気がするし、排水溝に野菜の切れ端とかが、ずんずん溜まっていくのもなんか、腹が立つ。

楽しいのは、息子の保育園のお迎え。ただいまと声を掛けると、息子の顔がパッと笑ってこっちに走ってくる。憎らしいことも最近ではあるが、この毎日の小さな再会は、やはり嬉しい。

仕事を始めると平日は、起きている息子とほとんど会えなくなる。こんなノンビリした気分で、犬の散歩をしたり、洗濯物を干したりってこともなくなる。そう思えば、今のこの時間がとても貴重に感じられる。



by 山田テツ  at 13:29 |  未分類 |  comment (9)  |  trackback (0)  |  page top ↑

仕事を始めます

来年の夏には小豆島に移住しオリーブの栽培を始めるため、概ねの準備が終わった。大学では農学部で座学はやっているし、農地整備のための特殊車両の免許も取った。農地や家の目処も立ったし、収入を安定させるために野菜の栽培も必要であることも分かった。後は実践あるのみということで、やることがなくなってしまった。

ただし、失業保険をもらうために、かつ、子供を保育園に預けておくためにも求職活動をしなくてはならない。形だけでもいいので、やりたい仕事を探し、会社に履歴書を送付して、もし、書類選考で合格したら面接に行って、まあ、適当に落ちるといい。

そんなことをやっていて、気づいたことがある。大きな会社で、暢気に仕事をしてきたせいか、40歳を過ぎているせいか、驚くほど、やれる仕事、やってみたい仕事というのがない。僕ができる仕事は、新規事業の立ち上げなのだが、世の中そんな仕事は、ほとんどない。でも、形だけなのだから、合格するために妥協する必要はない。やりたい仕事に、こだわって4社に履歴書を送付した。2社が書類選考をパスし面接に行くことになる。仙人みたいな気持ちで面接を受けていったら、2社とも内定をもらった。新規事業である。

意思が弱いのかもしれないが、農業はいつでも始められるということで、ひとまず就職することに予定変更。ひとりで黙々とやる仕事が農業なら、組織の中でわいわいとやる仕事を、もう少し楽しんでみようと思う。医療機関へのコンサルティングをやる会社で、新規事業を立ち上げる。これまで、教育や福祉をやってきたので、医療というのは目新しくて、悪くない。既得権が幅を効かした古い業界とも言える。多くの問題を抱えている。

さて、ひと仕事やってみるか。

by 山田テツ  at 09:20 |  未分類 |  comment (4)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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山田テツ

Author:山田テツ
妻一人、子一人、犬一匹との生活。稲城と高田馬場をいったりきたり。

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